金沢区発ボラバス-22013/09/25 06:45

金沢区発ボラバス-2
「みなさん館」に到着、各自朝食をとります。
既に車内ですませた方もいました。LSAの方から活動の
注意点などが話され各グループに分かれ支援に入る
ことになります。

音楽(アコーディオン演奏と歌)や手芸などの方は
仮設住宅の訪問、私たち12名は農業支援で
「小野花匠園」さんへ、お彼岸の時期菊の出荷で
大変なようです。
※小野花匠園

県道236号線を上ったところに小野花匠園はあります。
海から1.5Kmの位置にある畑まで津波が押し寄せた
そうです。
※南三陸の復興支援を! 小野さんの復興トマト

お彼岸に入り菊の花がたくさん、10人ほどの方が作業を
されていました。
お彼岸に入り菊の花がたくさん

小野花匠園さんに着いたのは午前9時頃、どのような
作業をするのかも分からず不安でした。
最初に屋内にあった菊を入れる段ボールの運び出し、
数が多く大きいので一仕事。

作業は菊の頭を揃え長さを合わせてカットしたり、
いらない葉をとったり、大きなポリBOXに水を入れ菊を
一時入れておきます。
あとは花匠園の方が商品として出荷の作業をしますが
何しろ半端な数ではないので大変な作業、生花なので
時間とも勝負です。

写真は午後2時を過ぎ私たちが休憩時間に撮らせて
もらいました。花匠園の皆さんは休み時間もないくらい
働らかれていました。
花匠園の皆さん

菊の種類も多いですね。
菊の種類も多いです

ボラバスで帰宅した翌日お墓参りに行くのに近くの
スーパーで花を買いましたがここでの作業が頭に浮かび
ました。
ここでの作業が頭に浮かびました

お盆の頃はもっと忙しいそうです。
お盆の頃はもっと忙しいそうです

シートにくるまれ出荷を待っています。
出荷を待っています

小野花匠園さんの坊や、名前を聞かないでいました、
小学1年生です。午後3時を過ぎ写真後ろ、橋の向こうに
マイクロバスが迎えに来ました。
小野花匠園さんの坊や

作業を終えて帰る時間に、勝手がわからずどこまで
お手伝いができたか分かりませんが私にとっては貴重な
経験をさせてもらいました。ありがとうございました。

「みなさん館」に着くと仮設住宅を訪問した方たちも戻って
いました。こちらも訪問した先で喜ばれ帰る際には
いつまでも手を振ってくれたそうです。うれしいですね。

志津川から20Kmほど離れやはり甚大な被害を受けた
気仙沼にある「向洋高校」に向かいます。

途中大谷海岸近くで車窓から撮ったお地蔵様、
「いのちの広場」と書かれています。
多くの方が犠牲になったのでしょう。
「いのちの広場」と書かれています

気仙沼「向洋高校」、
コンクリートの建物は残っていますが津波が襲った跡形
がみてとれます。
気仙沼「向洋高校」

この場所に改めて校舎を建てることはできず、取り壊す
費用も掛かり優先順位からそのままにしているそうです。
そのままにしているそうです

船が当たり4階部分の校舎が壊れています。
船が当たり4階部分の校舎が壊れています

津波の恐ろしさが今でも残っています。
津波の恐ろしさが今でも残っています

校舎の間にも流されてきた車がそのままに、
校舎の間にも流されてきた車がそのままに

今回のメンバーはボランティアで早くから何度も被災地へ
入っている方も多いのですが初めての私にとって眼に
入る光景に言葉がありません。
20分ほどの向洋高校にいましたがその周辺にはまだ
震災の爪痕が多く残っていました。

気仙沼線BRT、仮復旧として運行しているバス高速輸送
システム、線路があったところを舗装しバスが走っています。
気仙沼線BRT

南三陸へ戻る途中、重機やダンプなどもみられ復興への
足がかりがみえます。
南三陸へ戻る途中

こちらはGSのようです、
こちらはGSのようです

鉄橋が切れた状態、「陸前小泉駅」付近と思われます。
「陸前小泉駅」付近と思われます

志津川へ戻ってきました、地盤沈下した場所は水が引かず
そのまま残っています。
地盤沈下した場所は水が引かず

結婚式場だった「高野会館」、4階建ての頑丈な建物が
多くの命を救いました。
頑丈な建物が多くの命を救いました

時間は午後5時を回りました、ホテル観洋で入浴、
ホテル観洋で入浴

ホテル内にあったJR東日本「大人の休日倶楽部」の
ポスター、
JR東日本「大人の休日倶楽部」のポスター

被災地を忘れずに、費用も掛かり難しい面もありますが
足を運ぶことでも支援に繋がっていきます。
続く、
※JR東日本:大人の休日倶楽部

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