兵庫での2日間2012/01/28 12:59

兵庫での2日間
一昨日26日(木)神戸空港へ到着しロビーから見た
神戸スカイブリッジと六甲の山並み、

羽田では搭乗時間の締切り間際に飛行機に乗り込み
70分ほどのフライト、直ぐに神戸空港に着きました。

神戸の方向と思います。
神戸の方向と思います

ポートライナーに乗り三ノ宮に向かいます、
金沢シーサイドラインと同じ構造のようです。
ポートライナーに乗り三ノ宮に

途中で聞いたことがある名前がアナウンスされました、
みると世界一になったコンピューターの駅名でした。
京コンピュータ前

三ノ宮駅前、時間があるのでお昼をとりました。
三ノ宮駅前

ここから目的地に向かいます、ホームには奈良へ行く
電車も停まっていました。
ホームには奈良へ行く電車も

山陽電鉄に乗ると隣に女性が座られました、
私より多分いくらか年上の方のようです、お葬式で横浜
から来たと告げるとその女性は同じ横浜市の磯子区に
長く住んでいた方でした。

5年ほど前に生まれたこの地へ戻った来られたそうで
その日は友達と温泉旅行に行くので明石へ向かう
ところでした。

須磨辺りでは車内から眺める景色が何となく鎌倉の海と
似ていて話があいました、横浜も神戸とよく似ている
ところがあると聞きますが確かにそうだと思いました。

そのうちに大きな明石大橋が見え通り過ぎると女性は
電車を降りていきました、
偶然とは言えびっくりしたのと嘘みたいな出来事でした。

快特なので東二見で各駅に乗り換えます、初めての
ところなので事前に調べてきましたが鉄道の詳細までは
つかんでいませんでした。

目的地の駅に着き歩いて向かいます、1Kmと少し、
大体わかりましたが近くまで行き連絡をとりました。

訪ねた家に着くと亡くなられたご遺体は斎場に移されて
いました。1年半前に琵琶湖の花火大会に招待され
一緒に見た時はとても元気でした。

亡くなるまで入退院が何度かあったそうです、
知らずにいて申し訳なく思っています。
夕方6時からはお通夜、お坊さんの読経の中、家族、親族、
大勢の参列者がお焼香をされました。

お通夜も終えて控室で食事をとっていると関東からの
叔父が到着しました。
亡くなられて翌日の葬儀でしたのでお通夜には間に合い
ませんでしたがご本人は一番会いたかった人でしょうと
家族の方が言われていました。
遅くまで亡くなった方を偲び話が続きました。

翌日は9時半に告別式、昨夜と同じお坊さんの読経で
始まりお焼香の後出棺となりました。
最後のお別れとなりますがやはり近い方ほど悲しみが
大きいものです。お孫さんが小さな手で「さようなら」を
する姿が印象的でした。

火葬場は車で30分ほど離れた所で戻ってくるまで時間が
かなり掛かりました。

関東へ帰る叔父にどうするか聞くと飛行機でというので
スカイマークに連絡をし3席とることが出来ました。

山陽本線『加古川駅』のホーム、三ノ宮までは快速で
30分ほど、空港までかなり厳しい時間です。
山陽本線加古川駅

『新長田駅』を通過する際、車窓から『鉄人28号』の勇士が
少し見えました。

三ノ宮には15時10分過ぎに到着、
スカイマークは15時40分発、ポートライナーでは間に合わ
ないのでタクシーで向かいます。
運ちゃんが飛ばすこと、お蔭で15分くらいで着きました。

予約番号を伝え3名の切符を受取り、飛行機に乗り込んだ
のは5分を切っていました。ほぼ満席の機内、何とか荷物を
置きそのままじっとしているうちに羽田に戻ってきました。
といっても二人の叔父はこれからまだ長い時間電車に
乗らなくてはなりません。

帰宅しもう着いたと思う時間に電話を入れましたがまだ
帰っていませんでした。しばらくして着いたと連絡が入り
一安心、長い道中だったので疲れたことと思います。

お坊さんも言ってましたが男性の平均寿命からみれば
まだまだ10年、20年と元気でいてもおかしくない年齢での
逝去でした。
生まれた故郷から遠く離れた地で頑張って家族とともに
今の生活を築かれてきました。いくらかでもその人生に
ふれることが出来ればと最寄りの駅から歩いてみました。

お宅がある場所は広い敷地でした、芝生の上で大きな
犬の背に乗るお孫さんの写真が飾ってありました。
亡くなる数か月は苦しい時もあったと聞きますが家族と
ともに楽しい時間を過ごされた一生だったと思います。
琵琶湖花火大会で撮った映像には少しですが音声が
残されていました。

ご冥福を心よりお祈りいたします。
※兵庫県ホームページ

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